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名古屋地方裁判所 昭和27年(ワ)1155号 判決

原告 株式会社村上商店

被告 平和生命保険株式会社

主文

被告は原告に対し金九十五万円及びこれに対する昭和二十九年八月十九日以降完済に至るまで年五分の金員を支払え。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は原告において、金二十万円の担保を供するときは、仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は被告は原告に対し、金九十五万円及びこれに対する昭和二十七年八月二十二日以降完済に至るまで年六分の金員を支払え、訴訟費用は被告の負担とするとの判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求原因として被告会社熱田支店長林一二は昭和二十七年八月十八日原告にあて金額九十五万円、満期同月二十一日、支払場所株式会社帝国銀行上前津支店、支払地、振出地共名古屋市とする約束手形一通を振出し原告はその所持人となつたので株式会社東海銀行大船町支店に取立委任裏書をなし、満期に支払場所に呈示して支払を求めたが拒絶せられた。よつて被告に対し、右手形金及びこれに対する満期の翌日たる昭和二十七年八月二十二日以降完済に至るまで手形法所定の年六分の法定利息の支払を求める為、本訴請求に及んだと陳述し、被告の主張事実を否認し、右手形は訴外伊藤弘文から化学薬品の代金の支払方法として交付を受けた被告会社熱田支店長振出の金額九十五万円満期同年八月十八日振出日同年六月十八日受取人裏書人伊藤弘文なる約束手形(以下A手形と称す)の書替手形として被告会社熱田支店係長三上重次郎から交付を受けたもので、原告がその真否を照会したのに対し被告会社熱田支店次長であつた訴外中野茂夫が当時被告会社振出しに係る正当な手形であつて且振出人名下の印影も正当なものであることを確認していたものであるから偽造ではない。又仮りに被告主張の如く被告会社熱田支店長林一二に被告会社を代表して手形振出の権限がなかつたとしても右林支店長は同支店の営業の主任者たることを示すべき名称を附した使用人である故右支店の営業に関する一切の裁判外の行為を為す権限を有していたものと看做さるべきである。

又仮りに右訴外三上重次郎、同中野茂夫に対し内部的に手形振出事務を行う権限を制限していたとしても善意の第三者である原告に対抗できないので被告は右手形の責任を負うべきであると述べ予備的請求として「被告は原告に対し金九十五万円及びこれに対する訴状送達の翌日たる昭和二十七年九月十一日以降完済に至るまで年五分の金員を支払え、訴訟費用は被告の負担とする」との判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求原因として、仮りに本件約束手形が訴外中野茂夫同三上重次郎の共謀による偽造であるとしても、右中野は被告会社熱田支店次長として経理事務を担当し、同支店長林一二より本件約束手形に押捺されていた印鑑を保管されていたのみならず、従来手形の振出しについても一任されていたものである。又係長である右三上重次郎を監督する地位にあつたものであるから被告会社熱田支店長振出しの手形につき、その真否問合せに対し、その真実を確認すべき職務を有していたものというべきであるところ、原告は前記A手形につき取引銀行たる帝国銀行名古屋支店を通じて、右中野に確認を求めたところ、同人はそれが前記三上重次郎の偽造にかゝるものであるのを知り乍ら、故意に右手形が支店長の権限によつて振出された正当な手形であり且振出人名下の印影も真正なものであるとの虚偽の回答をなし、原告はその言を信じ満期には確実に支払を受け得るものと信頼して所持していたが、その満期に至り右三上から支払延期を懇請され書替手形として本件手形を取得したがこれ又偽造の故をもつて支払を拒絶され訴外伊藤弘文に対する売掛代金債権を喪失する結果となつて右手形金と同額の損害を蒙つた。即ち右中野及三上の右手形の振出及びその後の行為は同人等の被告会社熱田支店における担当事務についての権限内の行為であつて被告会社の事業の執行に属する行為である。しかも被告会社熱田支店の営業に関する一切の裁判外の行為をなす権限を有していた支店長林一二は次長の右中野に手形発行の権限を一任し且右中野、三上の手形振出の事実を知つていながら之を禁止することなく放任したことは未必の故意又は重大な過失に因る不法行為であつてその支店長の地位から見て被告自身の行為である。

仮りに被告自身の行為でないとしても被告会社は右林、中野、三上の選任及びその事業執行の監督につき極めて不注意であつたから同人等の為した不法行為に基き原告に蒙らしめた損害につき使用者としての責任を負担すべき義務がある。

結局原告は右林、中野、三上等が被告会社の事業の執行につき故意になした不法行為によつて右手形金に相当する損害を蒙つたものであるから被告は民法第七百十五条に基き右三名の使用者として原告に対し右損害を賠償すべき義務があるから被告会社に対し右中野、三上の使用者として右損害の賠償として金九十五万円及びこれに対する本訴状送達の翌日たる昭和二十七年九月十一日以降完済に至るまで年五分の遅延損害金の支払を求めると陳述し、被告主張事実を否認した。〈立証省略〉

被告訴訟代理人は、原告の請求を棄却する。訴訟費用は被告の負担とするとの判決を求め、原告の第一次的請求に対する答弁として原告主張事実中原告が本件手形の所持人であることは認めるがその余の事実は総て否認する。

原告主張の本件約束手形は被告会社熱田支店の職員であつた訴外三上重次郎が同支店備付の同支店印及び支店長印を盗捺若しくは不正使用して作成し、これを訴外伊藤弘文に金融斡旋方の依頼をなして交付した偽造手形であるから被告会社は本件手形につき、その支払の責を負うものではない。仮りに本件約束手形が偽造でなく、同支店長林一二の承認のもとに振出されたとしても保険事業を営む被告会社の一支店長に過ぎない右林一二には被告会社を代表して手形を振出す権限はないから手形行為は、無効であり、従つて被告会社にその支払義務はないから原告の本訴請求は失当であると述べ。

原告の予備的請求に対しては、原告主張事実中原告が訴外伊藤弘文に対し、その主張の如き売掛金債権を有し、同人より被告会社熱田支店長林一二振出名義の約束手形の裏書譲渡を受けたこと及び訴外中野茂夫が被告会社熱田支店次長、同三上重次郎が同支店の係長であつたことは認めるが、その余の事実は否認する。被告会社は保険業法に基き生命保険事業を営むことを目的とする法人にして一般の商行為を営む商事会社とはその性質を異にし常に豊富な資金を有しており、被告会社自体としては約束手形を振出す必要もなく又全然これをしないので手形行為は被告会社の事業範囲乃至附随的業務に属しない目的の範囲外の行為であり、従つて訴外中野、同三上の為した本件手形行為は被告会社の目的の範囲に属しないから被告会社にその責はない。仮りに右三上等の為した手形行為が被告会社の目的の範囲に属するとしても支店長は被告を代表して手形を振出す権限がなく支店次長、同係長が支店長に代つて支店事務として手形行為をなすも同人等の右行為は犯罪行為によるものであつて被告会社の事業の執行につき為されたものでないことは明らかであるから、被告会社は斯る被用者の犯罪行為についてまで、その責を負うべき理由はない。従つて原告の請求は失当であると述べた。〈立証省略〉

理由

一、原告の第一次的請求に対する判断

原告が本件約束手形の所持人であること、及び該手形の振出人欄に押捺の各印影が真正なものであることは被告会社の認めるところであるが、被告は右手形は偽造手形である旨主張するので考えて見るに訴外林一二が右手形の振出当時被告会社熱田支店の支店長であつたことは当事者間に争いがないから同人は当時同支店の営業の主任者たることを示すべき名称を附した使用人であると解するを相当とし、従つて同人は被告会社に代つて同支店の営業に関する一切の裁判外の行為をなす権限を有していたものといわなければならないのでこの事実と公文書であるから真正に成立したものと推定すべき甲第五号証の一、成立に争いのない乙第六号証の一乃至十四、同第七号証の一乃至十一、同第九、十四号証、同第十八号証の一、二の各記載に証人三上重次郎の証言を綜合すれば、当時被告会社熱田支店係長であつた訴外三上重次郎は被告会社の為、手形行為をなす権限もなく且、同支店長林一二の了解もなく同支店備付の会社記名印、会社角印、支店長印を同支店長不知の間に不正に使用して本件手形に押捺し振出行為たる署名を顕出して手形を作成したものであることを認めることができ原告の全立証によるも右認定を覆えすに足りない。してみれば右三上は本件手形の振出について支店長林一二の署名を不正に使用して手形を偽造したものというベく斯る偽造の手形によつて被告会社がその手形上の責を負うべきいわれはないから被告に対し右手形金の支払を求める原告の請求は理由がないので棄却を免れない。

二、原告の予備的請求に対する判断

被告会社熱田支店の係長であつた訴外三上重次郎が原告主張の本件約束手形を偽造したことは前記認定の通りであり、成立に争いがない乙第十三号証の記載に証人三上重次郎、同伊藤弘文、同堀田明、同丹羽正、同村上健一の各証言を綜合すれば訴外三上重次郎は、被告会社熱田支店の係長であつたが同支店における保険契約の成績が芳しくなかつたので、その成績を挙げ係長としての名誉を挽回しようと思い架空の保険契約を締結したが本店に送金する保険料に困り被告会社熱田支店長名義の偽造手形によつて、その資金を得んことを図り、昭和二十七年五月末頃約束手形の振出人欄に被告会社熱田支店長林一二の署名を偽造しその他を白地とする約束手形を作成し、これを訴外伊藤弘文に振出交付して割引を依頼したところ、同人は右白地手形に金額九十五万円支払期日昭和二十七年八月十八日支払場所株式会社帝国銀行上前津支店、支払地、振出地共名古屋市、受取人伊藤弘文と夫々補充の上A手形を完成し、これ東亜商事株式会社に交付したが一旦受戻後更にこれを自己の原告に対する買掛金債務の支払方法として原告に裏書譲渡した(裏書譲渡があつたことは当事者間に争いがない)そこで原告は右手形の調査を訴外株式会社帝国銀行名古屋支店に依額したところ被告会社熱田支店の経理担当次長中野茂夫から間違いない旨の回答を得たこと右帝国銀行名古屋支店を通じての問合せにより原告が右A手形の所持人であることを知つた右三上はそれが偽造であることの発覚を防止するため、同月十八日原告方に赴いて該手形の支払延期方を懇請したので原告は前記の事情もあり、満期には必ず支払うとの右三上の言を信じ、同人がその場で白地部分を補充した本件約束手形を、その書換手形として交付を受けて所持人となつたことその頃右中野が原告に対し被告会社熱田支店長の振出した手形に相違ない旨確認し、同月二十一日頃三上、中野等が原告方に来てひたすら支払延期を乞うたが原告は応じなかつたこと及び、その後、原告において本件約束手形を支払場所に呈示したが偽造の故を以て、支払を拒絶された事実を認定することができる。右認定を左右するに足る証拠がない。

以上認定の事実によると、原告は、訴外三上重次郎の偽造にかかる本件約束手形を同人の言明により被告会社が真実振出したものと誤信した結果これを取得するに至つたがその後前記の通り偽造手形であつた為振出人の被告会社から右手形金の支払を受けることができず、而して原告の訴外伊藤弘文に対するA手形上の債権は昭和二十八年八月十八日、売掛代金債権は同二十九年八月十八日夫々中断されたことの主張立証のない限りいづれも時効により消滅したもので原告は右三上重次郎等の右不法行為により遅くとも同年八月十八日確定的に右手形金に相当する損害を蒙つたものというべきである。

次いで右損害と三上重次郎等の不法行為との間の因果関係につき考へてみるに、原告は本件手形を前記認定のとおりA手形の書換として取得したものであり、該手形の満期たる昭和二十七年八月二十一日その支払を拒絶されるや間もなく九月五日直ちに本件手形金請求の訴を提起したものであつて斯る該訴繋属中の間に原告が訴外伊藤弘文に対して有する債権につき必ずしも時効中断の措置に出ずべき義務があるものではなく、従つて原告が時効中断の方途を講ずることなく同人に対する債権を喪失したことにより損害が発生するに至つたとしても何等原告に責むベき過失は認められないから斯る損害発生の事態を生ぜしめたのは結局三上重次郎等の不法行為の結果に外ならず、原告の右損害は三上重次郎等の不法行為によつて通常生ずべき損害であると解するを相当とする。

そこで原告は右三上及び被告会社熱田支店長林一二、同支店次長中野茂夫が右手形に関する行為である「被告会社の事業の執行につき」原告に損害を加えた旨主張するので判断する。

先づ被告会社は、手形行為は被告会社の目的の範囲に属しないから、その責はないと抗争するので考えてみるに、手形行為が会社の目的の範囲内に属するか否か、手形行為自体を対象として決すべきものであるところ、被告会社はその主張の如く保険事業を営むことを目的とする会社であるから、それは商行為を目的とする法人であること明らかであり苟くも商事会社が金銭の支払及び信用の利用を為し得るものである以上、手形行為は常に当然に法人の目的の範囲内に属するといわなければならない。被告会社は保険業法の適用を受け行政的監督を受くる意味において一般の商事会社とはその趣きを異にするが、かゝる事実は本件手形行為が被告会社の目的の範囲内に属するか否かを決定するにつき毫未の影響を与へるものではないから、手形行為は被告会社の目的の範囲に属するといわねばならない。右認定に反する乙第十五、十六号証の記載は措信せずその他右認定を覆すに足る証拠がない。

次に民法第七百十五条に所謂「事業の執行につき」とは被用者の為したる行為が客観的に使用者の事業の一部をなすと認められゝば足り、被用者が使用者との内部関係において、その行為をなす権限を有していたかどうか又、それが違法なりや否やは単に使用者、被用者の間において法律上内部的に別個の問題を生ずることはあつても使用者の被害者に対する責任関係に何等の影響を及ぼすべきでないと解するを相当とするところ、被告会社の手形行為は前記説示の如く、その目的の範囲内に属するから被告会社の事業の一部を為すものであることが明らかであつて被用者である右三上重次郎の前記認定手形偽造の行為及び之と意思を通じてなしたものと認められる右中野茂夫が原告を欺罔した行為は正に外形上被告会社の事業の執行につき為されたものというべきである。同訴外人等の行為が被告会社主張の如く犯罪行為としての評価を受くるも、その故を以て、事業の執行につきなされたものでないとして、使用者の責を免れることはできないものというべきである。(右林一二の不法行為について原告の全立証をもつてもこれを認めるに足る証拠がない)而して被告会社は右三上、中野の被用者として選任及びその事業の監督につき相当の注意をしたことの主張立証のない本件においては被告会社は訴外三上、同中野の使用者として民法第七百十五条に基き原告に対し金九十五万円の損害を賠償すべき義務があるといわねばならない。

よつて被告会社に対し右損害金及びこれに対する損害発生の翌日である(訴状送達の以後たること本件記録に徴して明らかな)昭和二十九年八月十九日以降完済に至るまで年五分の遅延損害金の支払を求める原告の予備的請求部分を正当として認容することゝし訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、仮執行の宣言につき同法第百九十六条を各適用して主文の通り判決する。

(裁判官 村本晃)

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